ゆきの子供達 第七十六章 新しい仕事
家老の執務室へと歩きながら、広子は途切れることなく狐一に喋り続けました。狐一の繰り返し発した「うるさい」という言葉が聞こえなかいかのよう顔をしている広子はは途中ですれ違った者の皆のことを噂しました。
狐一のと同じような服を着ている者は全員十二、三歳の少年で、「小姓」といった印象を広子に与えました。
狐一にとって永遠と思われるほどの長い時間が経った後、ようやく家老の執務室に着きました。「家老殿のおっしゃる通り狐一様をこちらにお連れ致しました」と広子は告げました。
「広子さま、小姓の名に『さま』などつけてはならませぬ」と家老が言うと、「でもね、この方は狐ですよね?狐は神様の使者ですから、『さま』をつけてもいいのではありませんか」と広子は答えました。
「待った!この俺が小姓だと!?一体どういう意味なのだ?」と狐一は腹が立てたように叫びました。
家老は広子を見やりました。「狐一くんは狐であっても、今ここにいる理由は神様とは関係はない。普通の小姓として扱いなさい」と言って、視線を狐一の方へ向けました。「お前は、今、狐の谷にいるのではない。族長様の命令はここで遊べということではなかったはずだ。ここにいる者の言うことに従え、人間に習えということだ。普通に、城で仕え始めた子供が小姓になり、働きながら城のことなどを習っていくのだ。しかし、お前はそういう子供よりいくつも年上であるにも関わらず、初心者の小姓よりもこちらのことを分かっていないのだ。だから、一応、小姓として働いてもらいたい。小姓の務めが充分できたのなら、他の役目を与えるだろう」
家老は狐一をしっからと見据えました。「最も大事な用件は、目上の者への振舞い方を正すことだ。初心者のお前にとって、この城の全ての者が目上であると考えるべきだ。もうすぐ我が殿のお父上さま―つまり、隣の国の大名―がお越しになる。無礼が我々を困らせることなどあってほしくはない。分かったか?」
「分かった、わか…」狐一は突然、口籠もり、目を伏せました。「分かりました。頑張ります」
「ふむ。初心者だから、城内のことがよく分かるまで、誰かが指導すべきだろう。広子さん、今日は何か大事な用事はあるか?」
「ありません」
「よし。今日はそいつを指導するように」と、家老は筆と紙を取って、何かを書き始めました。
広子は躍り上がらんばかりの喜びようでした。「わーい!狐一君と一緒に働けて、嬉しい!ありがとうございます」
狐一は慌てて広子を見ました。「この口煩い少女の側にいるなんて、僕は罰を受ているのですか?腕を傷つけたことの?」
「谷で起こったこととは関係ない」家老は紙を狐一に差し出しました。「いいか、これを台所に持って行ってこい。まだ食事をしていないのなら、戻る前に朝食にしてもいい」
「はい、了解しました」と言うと、狐一は広子と共に事務室を出て行きました。
二人が消えた後、家老は少しの間、入り口を眺めていました。それから、誰もいないはずの部屋に向かって、こう言いました。「お前、どう思う?あいつは予想より大人しかったね」
机の下から鼠が出てきて、赤毛の女の姿に化けました。「そうよ。もしかして、伯母さんの話のせいかもしれない。それとも、ここに味方がいないからそう風に振る舞っているかもしれない。結局、あなたに対して反抗する気はあまりなさそうだ。ところで、あの広子という娘は面白いのよ。狐が好きだなんて思わなかった。この前に、猫を見ただけでも怖がっていたのに。どうして狐が好きになったのだろう?狐一の奴のせいじゃないみたいね。人間の姿をしている狐だけが好きのかしら?調べてみる。それじゃ」というと、猫の姿に化けて、部屋を出て行きました。
家老はただ首を横に振るばかりした。「狐や女なんてさっぱり分からない」と呟き、報告書を手に取って、読み始めました。