ゆきの子供達 第八十一章 お守り

狐一は広子に近づこうとしました。しかし、広子の「きゃあ!近づかないで!助けて!どうして、誰も助けてくれないの?」という悲鳴を聞くと、狐子の脇に下がりました。「広子さん!一日中怖がらずに一緒にいたのに、どうして今さらそんなことを?」と訊きました。

「やめておきなさい。」と狐子が言うと、狐一は彼女の方へと向かいました。「恐怖を奪うようにする呪いが解かれたから、呪いをかけている間の恐怖が一度に広子ちゃんに襲ったのよ。何を言っても無駄なの。仕方ない。呪術を使う他にこの子を落ち着かせる手はないね」

琵琶法師は声をかけました。「すみませんが、この問題が呪文のせいなら、他の呪文を使うと問題はさらに大きくならないでしょうか」

「すぐ消えるおまじないだけを使うつもりですもの。命にも意思にも影響しないで落ち着くようにするだけのおまじないなら、問題ないでしょう。ほら、見て」と言うと、二人は彼女を興味深そうに眺めました。狐子がしたことは人間の目から見ると何事も起こりませんでしたが、琵琶法師は頷き、狐一は腕を組み狐子から目を背けました。「け、そんな簡単なこと、俺ができたはずなのに」そう言っている間に、広子の悲鳴は小そくなり、やがて消えました。

まだ震えている娘に狐子は優しく訊ねました。「広子ちゃん、私どもが怖いですか」広子は首を激しく縦に振りました。「このままでいいですか」しばらくして、首は激しく横に振られ、娘は何かを呟きました。「聞こえません。近づいてもいいですか」また首は激しく横に振られましたが、ふいに止まり、軽く頷きました。できるだけ静かにゆっくりと狐子が近づくと、広子の呟きが聞こえました。「狐一君を怖いと思いたくない。可愛い獣に怖いと思いたくない。私のことを笑わないで欲しいの。怖いのが嫌なの」

「怖くなくなるように手助けをしてもいいですか」広子が微かに頷いたのを見て、狐子はゆっくりと着物の中に手を入れました。そして、首を掛ける赤い毛で作った小さい人形を取り出しました。「このお守りをかけていると、だんだん可愛い獣に慣れて、恐怖が減るでしょう。おまじないはこのお守りにかけただけです。いつでもこれを捨てて構いません。もう、このような恐怖は襲ってこないでしょう。どうか、これを受け取ってください」と狐子は言うと、人形を持った手をゆっくりと広子へ伸ばしました。広子は奪うように人形を受け取るとと、紐を首に掛けて、人形を着物の中に入れました。すると、だんだん震えが治まり、落ち着きました。

「もう、狐一の側で働くことが出来ますか」

「たぶん」広子の声は少し強くなりました。

「家老さんは待っているんでしょうね。急いだ方がいいでしょう」狐子がそう言うと、広子は頷いて、立ち上がりました。それから、何も言わずに広子は狐一と共に今の仕事を続けました。

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