ゆきの物語 第六章 殿との茶席
その晩、ゆきはお茶を点てると茶碗を殿に差し出しながら声をかけた。「旦那様、ちょっとお話ししたいことがありますが」
殿は俯き、「蓮のことか?狐一の奴が言うには、お前はそのことについて快く思っていないようだな。すまん」と謝った。
「私が喜ぶとでも思っていらっしゃいましたか?この状況はいつからなのですか?」ゆきの静かな言葉の裏に怒りが感じられた。
殿は顎をさすりながら、「いつからだと?ふむ。蘭が病気で、お前が蘭のことしか頭になかった時からだな。もう一年くらい前になるだろう。あの時、私は蓮のことについてお前と話し合いたかったが、お前にはそんな余裕はないように思えた。それで、自分であの子の扱い方を決める以外仕方がなかったのだ。その後のことは本当に申し訳ないと思っている」と言った。
ゆきはしばらく黙って殿の顔を眺めた。そして、「分かりました。蓮のことはまた後で話し合うとして、まずは桜のことについてです。すでに側室が四人もいる人に嫁ぐなんて、いくらお相手が一国の主であっても、我が殿の長女には相応しくないのではないでしょうか?もっと相応しいお相手はいらっしゃらないのでしょうか?」と尋ねた。
殿は溜め息をつき、「近隣諸国の状況を見ても分かるだろう。この辺りの国が手を組まないと、一国また一国と関東の連中に潰されてしまうのだ。父上の時代の同盟を再び確固たるものにするには、この縁組みであの方と手を組むより他に道はあるまい。桜との結婚の意をあの方から告げられた時、正直なところ、ついていると思った。だが、何か引っ掛かるところがある。それでまだあの方にはっきりとした返事はしていないのだ」と答えた。
ゆきは、「あの方に、このまま跡継ぎがお生まれにならない場合、あの方の弟君が城を継ぐことになりましょう。確か、弟君の長男は桜より少し年上で、まだ独り身だったと思いますが。ゆくゆくは城主になる可能性の高いその方に嫁がせる方が桜にとってもお互いの国にとってもよい選択なのではないでしょうか」と訊いた。
殿はしばらく考え込んでから、「ふむ。あの方がそれを受け入れてくれるだろうか。そうなるとよいのだが」と言った。
ゆきは、「よかった。もう一つ話し合いたいことがあります。百合をはじめ、年長の娘達は鈴までもが義弟の城を訪ねたがっています。私も旦那様も旅ができないことを説明したのですが、桜は自分が責任をもって妹達の面倒を見るので許して欲しいと言っています。いかが思われますか?」と訊ねた。
殿は、「決める前に弟と相談する必要があるな。打診する必要がある。彼が承知しないと無理だな。旅をするなら、狐一の奴に道中のことは任せればいいが、蓮が行かないなら…難しい」と答えた。
ゆきは頷き、「そのことでしたら、蓮もとても行きたがっていて、自分も行けるのなら、以後一切城を抜け出しはしないと約束してもいいと思っているようです。そして、桜の部屋を使うことはできないと説明すると、棚を作りに宮大工の所へ駆けて行ってしまいましたけれど。姫には相応しいたしなみではありませんが、もしかして蓮が大工の下で工芸品などの細工にでも興味が向いてくれれば、城を抜け出すことが減るかもしれません。蓮は細かい手仕事が好きですからね」と言った。
殿は首を傾げ、「ふむ。あの子が抜け出すことをやめるならばよかろう。考えてみる」と言った。