ゆきの子供達 第十九章 鬼の敗北
鬼は、娘を攫うと、山の方へ向かって歩き出しました。若殿は厩に行き、馬に乗ると急いで鬼を追いかけていきました。若殿の従者達も慌てて若殿の後を追いました。
一方、町を抜けた鬼は、「なんでこんなに狐臭いんだ」と、辺りの臭いをくんくんと嗅ぎながら言いました。
すると、娘を掴んだ拳の中から、「このお嬢さんは俺が守っている。貴様のような奴がこの方を傷つけることは許さんぞ」と、その娘のものとは思えない、太い声が聞こえてきました。
それを聞いた鬼は何事かと思い、声のする方へ向いたその時、大きな穴に足が嵌まり、ひっくり返ってしまいました。
鬼が倒れたその瞬間、坂道の曲がり角から馬に乗った若殿が現れました。鬼は腕を伸ばして地面から二、三尺体を持ち上げ、立ち上がろうとしましたが、その鬼の広い背中に、若殿が乗っていた馬から跳び移り、刀で太い鬼の首をスパッと切り落としました。鬼の首は、ごとりと鈍い音を立てて落ち、辺り一面が血の海になりました。首が落ると同時に、鬼の体は再び倒れ、しばらくの間その巨大な体はもう死んでいることに気がついていないかのように震えていました。鬼の体から飛び降りた若殿は、顔までも血しぶきがかかりましたが、自分の顔が血で染まっていることよりも、ゆきの安否の方が気がかりでなりませんでした。「ゆき!どこだ!大丈夫か!」と辺りを見回し、叫びました。
「心配はございません」と、聞き覚えがある声がし、若殿が声のする方へ顔を向けると、そこには狐が立っていました。「城へお帰りください。本物のお嬢さんは無事で城にいます」と狐は言いました。
若殿は「狐どの!これはこれは驚きました。しかし、私の目には、ゆき殿が鬼に攫われたように映ったのですが」と若殿が目を丸くしながら、狐に訊ねると、狐は少し笑いながら、「こんな風でしたか」と言って、ゆきの姿に化けました。それから、もう一度狐の姿に戻りました。
「これはなんと奇ッ怪な!」若殿は驚いて声をあげました。若殿はゆきの無事を知ると、ほぅ…っと胸を撫で下ろしました。今までの緊張が解れたのか、一瞬、よろよろと倒れそうになりましたが、狐の方に向き直ると、深く頭を下げ、「いつもありがとうございます。今後はいつでも私の城へいらしてください。お礼を差し上げたいので」と、言葉を残し、馬で城へ帰りました。狐は若殿が去っていく姿を眺めながら、「それなら今度またゆき殿を見に行ってみるかな」と呟きました。