ゆきの子供達 第四十二章 危難の噂
ゆきたちが、山の近くまで辿り着いた時、鬼や天狗などが村を襲撃している、という妙な噂を耳にしました。家来の長は、早速それを若殿に報告しました。「殿、村に行くのは大変危険でございます。このまま城にお戻りになる方が得策だと思います。もしそのままお進みになるのであれば、女子衆は城にお帰しするべきかと存じます」
それを聞いた若殿は、困った顔をしながら、「私はもう城に戻るように命じたが、彼女達はそれを頑として聞き入れんのだ。それに、狐子は…」と、若殿が最後まで言葉を言い続える前に、「鬼なんて怖くないわ」と言う声が背中越しに聞こえてきました。若殿がその方を向くと、そこにはいたずらっ子のような笑みを浮かべた狐子が立っていました。「鬼なんて、力だけで、頭は空っぽですもの」と、くすくすと笑いながら狐子が言うと、若殿は、「確かに、狐殿や狐子にとっては、鬼などとるにたらないものなのかもしれないな。鬼が我らの城を襲撃した時、狐子のお父上があそこにおられなかったら、私も家来も何もできなかったに違いない…狐子、とにかく、ゆきに城に戻るように説得してくれないか」と若殿は狐子に頼みました。
すると狐子は、きっぱりと「それはもう無駄です。命令される前は、城へ戻る気もないわけではなかったようだけど、命令されてからは、逆に城に戻らないと決意してしまったようです。あの子は頑固な所があるから。私はあの子の味方ですわ。…かえって、鬼などがいた方が、このつまらない旅も賑やかになっていいでしょうしね」と答えると、狐子は踵を返し、ゆきの方へ向かって歩き出しました。
若殿は家来に、「皆の者、怪しいものの気配に抜かりなきよう心得て欲しい。不意はつかれたくないからな」と命じてから、「つまらない旅の方がいいのだが」と呟きました。