ゆきの子供達 第六十四章 子狐との出会い

翌朝、家老が目覚めると、入り口から差す光で部屋の中に何かが薄ぼんやり見えました。布団の側には角盆がありました。家老が玉に触れて灯りを灯すと、盆の上には食事と手紙がありました。手紙を手に取って、読みました。

『家老さんへ』

『一緒に食事をとりたかったけれど、よく寝ている姿を見ると起こすことができなかったの。ごめんね』

『試験がすぐに始まるから、もう出掛けなくちゃ』

『狐子より』

家老は手紙を読んでから、愛おしげに折り畳んで、懐にしまいました。それから、食事をとり、着替えました。

部屋を出ると、そこは狭い谷の中でした。谷の間を流れている小さな川は霧の中に隠れてしまいそうでした。低く垂れ下がった雲が空を覆っていました。

谷のあちこちに、小さな穴が開いていました。沢山の狐が百匹も二百匹も、谷の至る所で歩いたり遊んだりしていました。

「母さん、見て!妖怪がいるよ!」

家老が振り返ると、近くにいた小さな子狐が家老を指さしていました。

「妖怪じゃないよ。それはただ一人の人間なんだよ」と母狐は答えました。

「人間は妖怪じゃないの?おじさんから人間の話を聞くと、いつも怖くなるよ」

「違うよ。人間は火を吐いたりはしないの。おじさんの話は大げさなんだよ」と母親は言って、家老に向き直りました。「息子を許してください。まだ幼くて、谷を出たことがないのです。人間に会うのは初めてなんです」

「気になさらないでください」家老が子狐達に近づくと、彼は母親の尻尾の下に隠れようとしました。家老は腰を下ろしました。「実は以前、人間が火を吐くところを見たことがある」

子狐は尻尾の下から顔を覗かせました。「本当?」

家老は頷きました。「祭りの時だった。旅役者のうちの一人が松明を持っていた。どうやったのかは分からないが、彼は松明の炎を吸ってから、長い炎を吐いたように見えたな」

子狐は尻尾の下から一歩出てきました。「すごい!おまじないだったの?」

家老は少し間を置いて、「どうかな。普通の人間はおまじないなどできないから、何か仕掛けがあったんだろうね」

子狐はもう一歩近づいてきました。「人間はおまじないができないの?全然?」家老が頷くと、子狐は続けました。「僕でも簡単なおまじないができるのに?見て!」と言って、傍らの小石に前足を置きました。前足を上げると、その小石は青く輝き、しばらくしてその光は消えました。

家老は小石を取り上げました。どこにでもある灰色の小石でした。「私にはできないな。人間がこんなことをすると、人間の姿をした狐かと思われてしまうよ」

「よくおっしゃいました」とふいに声がしました。家老が振り返ると、そこに座っているのは八狐でした。

家老は立ち上がって、会釈しました。「おはようございます、八狐どの。狐子さんに会ってもいいですか」

八狐は首を振りました。「残念ですが、受験者しか試験場に入れません。ごめんなさい」八狐はくすくすと笑いました。「それに、人間は大きすぎて、入り口から入ることはできませんから」

家老は側の穴を見て、苦笑しました。「こんなに小さいと、確かに入れないでしょうね」

「今晩、狐子様にお会いになれるでしょう。お姫様は家老様とお会いになりたいとおっしゃっているので、今お風呂や着替えを準備しています」と八狐が言うと、家老は立ち上がって、親子に軽く会釈し、「では」と言って八狐についていきました。

最初へ 前へ 次へ 最後へ  目次へ  ホームへ

Copyright © 2006-9, Richard VanHouten RSS Feed Valid XHTML 1.0 Strict Valid CSS!