ゆきの物語 第二章 蓮は何をしている?

その夜明、蓮が窓際で目覚めた時、障子越しに差し込む淡い光が、蓮の周りに取り囲むように暗い影を作り、布団だけが白くぽっかりと浮き上がったように見えた。でも、彼女にとって、その影は怖いものではなく、よく見慣れたものであった。

蓮が障子を開けてもっと光を入れると、影の正体は隙間なく並べられたおもちゃの家であることが分かった。城や山小屋、屋敷や草屋、お寺やお社、小間物屋に至るまで、壁を覆って天井まで重ねた棚から溢れた小さな建物が布団の縁まで迫っていた。

愛しく部屋を見回し、家と家の間の狭い通路を歩きながらそれぞれの建物を優しく撫でている蓮は、「もう少し待ちなさい。しばらくするともっと広いところに移れるから。あれ?兄弟がもう一軒欲しいの?うん、今日はあなたの兄弟に良さそうな家を探しに行ってくるわ」と呟いた。

少し踏み違えただけで、家を一軒を壊してしまうほど狭い通路を用心深く進みながら、蓮はあちこちで何かを直すために立ち止まった。そうしているうちに、明るい日差しが部屋を照らし始めた。

蓮は、自分の作った建物の中で最も大きな城の前で止まり、小さな門を開け、その奥に隠していた下女の服を取り出した。服を胸に抱いた蓮は、注意深くまた狭い通路を歩き布団に戻ると、素早く着替え、黄土と木炭の欠片を袂にしまい、紙束を手に取って襖を開けた。廊下の両側を見渡し誰もいないことを確認し、襖を閉めて台所へ向かって歩き始めた。

残念なことに、廊下の角を曲がった所で、向こうから来る桜に出くわしてしまった。無論、その距離では長女が次女を見逸れるわけがなかった。

「蓮!どうしてそんな妙な格好を?また建物を見に行くつもりなの?決して一人で城の門の外へ出るなとお父様がおっしゃったことを忘れないで!」と言いながら桜が蓮の腕を掴もうとしたが、蓮は「はい、はい、分かってる」といらいらしたように言いながら桜の手を払い除け、廊下を階段まで駆けて行った。

桜は「ああ、もう!あの馬鹿な子の面倒を見ている暇はない。今朝の評議に行かないと…」と呟き、妹のことは忘れ、評議室へと急いだ。

階段を下りながら、蓮は「もう、城の門の外へ出るななんて!城からはっきり見える建物ならもう全部作ってしまったのに!城下町に行かないと、良さそうな家が見つからない!」と呟いた。

しばらくすると、蓮は台所に入った。いつもの朝のように、台所は賑やかだったが、運良くそこにいる下女達の視線は鈴の方に向いていた。

下女が一人鈴の方に身を屈め、「今日、お姫様はどんなお料理をお作りになりますか?」と言った。

鈴は下女を見上げ、「何か美味しいおやつ!」と答えた。

下女は、「おにぎりはいかがでしょうか?」と勧めた。

「いいよ!おにぎりが大好き!」

一方、蓮は卓に積まれたおやつをいくつか取り、懐にしまってから勝手口から出ようとすると、背後から「蓮お姉ちゃま!おにぎりをこしらえてみます!後で食べてみてもらえますか?」と言う威勢のいい声が聞こえた。「しまった」と呟くと、蓮は勝手口から飛び出した。

蓮は塀の側の桜の木へと急ぎ、紙束を懐にしまってから上った。枝を這って塀の上に乗り移り、向こうに下りた。すると、目の中が町の建物でいっぱいになった蓮はそこへ向かって歩き始めた。

町の道をぶらぶらと見て歩きながら、「あれは合っていない」とか「あれはもう作った」とか呟いている蓮の目には建物以外の物は何も映っていないようで、周りの人々にも気を配っていないようだった。だから、どこに行っても蓑を着た姿が少し離れて蓮をつけていたことにも、豊かな城下町を通り過ぎ、貧しく寂れた場所に迷い込んだことにも気がつかなかった。

ようやく、蓮はある建物に引き付けられた。近づくと、「あれかしら?」という呟きは、すぐに「あれしかない!」という確信に変わった。

どうしてあの家に決めたのか、蓮自身にも分からなかっただろう。昔は鮮やかな色であったと思われる二階建てのその家は今はくすんで白茶けて見える。二階の露台にも入り口にも幾人かの女がいて、緩んだ着物の胸元が少しあらわになり、裾がはだけて太ももが見えていたというのに、建物にしか注意が向かない蓮は気がつかなかった。

道の向こう側に腰をかけ、蓮は紙束を膝に乗せて、黄土と木炭でその建物を描き始めた。

しかし、そうしているうちに、大きな重い手が肩に置かれ、太い男の声が聞こえた。「お嬢ちゃんは綺麗やなぁ。それに、うちに興味があるらしい。これからうちで働くのはどうだ?」

「忙しいから放っておいて。あっちに行ってくれないと見えない」といらいらした蓮が男の股の間から建物を見ようとしたが、男の手は容赦なく蓮の肩を掴んだ。「いいか、うちで働けと言ったら、うちで働かなくちゃ駄目だ。立て!」

「いたたたた!父上がこれを聞くと、大変なことになるわ!誰か、助けて!」と身をよじって蓮は叫んだが、男は蓮を建物の方へ引っ張って行った。「お前の父親が来ても、すぐに片付けてやるさ。この辺は城の武士でも一人二人では来ない所だ、助けに来る奴などいるものか」

最初へ 前へ 次へ 最後へ  目次へ  ホームへ

Copyright © 2009, Richard VanHouten RSS Feed Valid XHTML 1.0 Strict Valid CSS!