目次もくじ

  1. 第一章だいいっしょう  ゆきの子供達こどもたち
  2. 第二章だいにしょう  れんなにをしている?
  3. 第三章だいさんしょう  狐子ここ捜索そうさく
  4. 第四章だいよんしょう  たすかった
  5. 第五章だいごしょう  たびすす
  6. 第六章だいろくしょう  殿とのとの茶席ちゃせき
  7. 第七章だいななしょう  たび準備じゅんび

第一章だいいっしょう

ゆきの子供達こどもたち

二階にかい窓際まどぎわおんなひとが、へいあつめるためのひろ中庭なかにわ見下みおろしている。彼女かのじょは、おおきくふくらんだおなかを、いとおしそうにでていた。ながかみはまだ黒々くろぐろとしていて、よくないと、そのなかにごくわずかの白毛しらげじっているなどだれがつかないだろう。ほおきざまれたうっすらとしたしわはきっと、いまのように、彼女かのじょがよく微笑ほほえんだあかしなのだろう。そして、まとった高価こうか着物きものきぬちがいない。

中庭なかにわでは、数人すうにん少年しょうねん武道ぶどう練習れんしゅうをしていた。少年しょうねんったが、そのうちの二人ふたりながったかみをしていて、相手あいて者達ものたちよりひくかった。それにしても、その二人ふたりきはけて的確てっかく力強ちからつよかった。うごきも流麗りゅうれいで、無駄むだがなかった。

「お母様かあさま、また姉上達あねうえたち修行しゅぎょうをごらんになっているの?」と、ちらりとかおげておんなった。きゅう十歳じゅっさいくらいであろうか、ほんあいだして、なにかを一生懸命いっしょうけんめいいている。すこしあきれた口調くちょうだった。

ははむすめをちらっとると、「ええ」と、まどそと視線しせんもどした。

そのとき廊下ろうかから足音あしおとこえた。すぐにふすまいて、十五じゅうご六歳ろくさいおんなおこったかおはいってきた。「お母様かあさま、お父様とうさまにおはなししてくださらない?お父様とうさまはなぜ、あのあやしい大名だいみょうわたし結婚けっこんさせたがるのかしら!あのかた、もう四人よにん奥方おくがたがおいでなのよ!それに、あのみにくさといったら!!長女ちょうじょだから、素敵すてき若殿わかとの結婚けっこんするはずなのに!」とぼやいた。

さきむすめは、視線しせんかみからはなさぬまま、「おとこきらい」と興味きょうみなさそうにった。

あねいもうともとにつかつかとあるいてて、いもうとのぞでいたほん無造作むぞうさげ、「百合ゆり、このような童話どうわ物語ものがたりんでいるのに、本当ほんとうことなにからないのね。すこ成長せいちょうすると、気持みもちがわるでしょう」とった。

すると、百合ゆりおもわずふでとし、がり「それはわたしのよ!かえして!」とさけんでもどそうとしたが、ちからかぎんでも、百合ゆりほんさわることさえできなかった。

ははかえって「さくらいもうとをいじめないでおくれ。百合ゆりはまたちいさいのだから」とうと、二人ふたりもとあるいてき、やさしくほんさくらからり、百合ゆりもどした。百合ゆりほんむねき、すみまったかみほうて、「まあ!なおさないと…」といながらあねにらんだ。

ははさくらうでり、部屋へやすみった。二人ふたりはそこにすわり、ははが「あなたも評議ひょうぎ参加さんかしているので、くに状況じょうきょうかるでしょう。お父様とうさま殿とのいてからこの十五年じゅうごねんあまり、くにはだんだんまずしいくにからゆたかなくにになってましたね。でもくにゆたかになると、近隣諸国きんりんしょこくねたみをってしまうの。この戦国時代せんごくじだいには、味方みかたがいないことは危険きけんなことなのですよ」とうと、さくらくちはさんだ。

「それはかっております。でも、あの大名だいみょう結婚けっこんすることといったいなん関係かんけいがあるの?あのかた私達わたしたちのおじいさまおなじぐらいとしじゃありませんか」

ははは「ああ、おじいさまくなるまで近隣諸国きんりんしょこく覇権はけんにぎっていらっしゃった。でも、おじいさまくなったいまは、近隣諸国きんりんしょこく城主じょうしゅだれもが権力けんりょくようと画策かくさくしているのですよ。あの武威ぶいたかいおかたにはたくさんの奥方おくがたがいらしても、まだお子様こさまがおりません。跡継あとつぎを奥方おくがたがいればきっと同盟どうめいむすべるとおおもいになって、お父様とうさまはあなたの縁組えんぐみを提案ていあんしているのです」とこたえた。

「そうですか。でも、四人よにん奥方おくがたにお子様こさまがいないのなら、大名だいみょう問題もんだいではありませんか?あたらしい奥方おくがた身籠みごも可能性かのうせいはほとんどないではありませんか?」とすこりをもどしたところでさくらいた。

ははがくすくすとわらい、「おとこかたは、そうはおかんがえにならないでしょう。とくにご本人ほんにんはね…」とうと、さくらわらわざるをなかった。

二人ふたりわらいがおさまると、ははは「とにかく、またお父様とうさまにおはなししてみましょう。やはり、五人目ごにんめ奥方おくがたになるのはさくらには相応ふさわしくないでしょう。てくにうちにはまだ長子ちょうしがいないから…」とった。

すると、さくらは「ありがとう、お母様かあさま長子ちょうしうと、今度こんどは…?」とははのおなかそめした。

はははまたおなかはじめ、「神様かみさままかせるしか仕方しかたがないですね。まえのように、おやしろ男子だんしさずかるようにおいのりいたしましたけれど」とくびりながらこたえた。

わたしもそのようにおいのりしています」とさくらうと、二人ふたりがり、たがいにった。

そうこうしているうちに、いたままのふすまからこままみれかおの、すこふとっているしち八歳はっさいおんなあらわれ、「おかあちゃま!わたしがこしらえましたおにぎりをがりませんか?」と興奮きょうふんしながらった。ははると、おにぎりをひとわたした。

はははおにぎりをってべると、「美味おいしい!ありがとう、すず」とってからすずふくらんだふところて、「お姉様達ねえさまたちにもべさせてみたいとおもいませんか?」といた。

すずはしばらくためらったが、ようやく物惜ものおしそうにふところからつつまれたおにぎりをもうふたし、うつむきながらさくら百合ゆりわたすと、「あとべたかったのに…」というちいさくつぶやいた。

ははすずあたまで、「もう充分じゅうぶんべたでしょう?いままでいくつべましたか?」とたずねた。

「ええと…味見あじみしたのととしたのと、階段かいだんのぼったときのと廊下ろうかあるいたときのだから…たぶんいつつでしょう?」とすず真面目まじめかおをしてゆびかぞえながらった。

「そうだとおもいました。もうすこしおやつをらしましょうね」とははうと、なが赤毛あかげおんなひと部屋へやはいってて、「ゆきちゃん、あきらめるしかありませんよ。すず一日中いちにちじゅう台所だいどころでうろうろしているから、いつでも下女げじょからお菓子かしをもらうことができるのですよ。だから、そんなのぞみはつだけ無駄むだでしょう」とってふすまめた。一見いっけんしたところでは年齢ねんれいさくらおなじようだが、そのかがやいているひとみおくると、なぜかかなり年上としうえだというがする。さくらよりひくいそのおんな着物きものははの――ゆきの――とおなじように高価こうかなもののようだったが、そのしぶがら着物きものたいして、顔立かおだちや印象いんしょうはかなり派手はでだった。

すずは「狐子ここおば!」とび、赤毛あかげおんなかってり、こしきついた。そして、ふところからもうひとつのおにぎりをし、狐子ここわたした。「どうぞべてみてください。わたしがこしらえたんです!」

おにぎりをべてから、狐子ここすずほうかがめ、「いつかいいおよめさんになるでしょう。男性だんせいこころつかむには、まず胃袋いぶくろたせといますからね」と、すずかみやさしくでた。

それをくと、すずみはさらにひろがった。両腕りょううであたまうえり、「わい!狐子ここおばにめてもらってうれしい!」とさけびながら部屋へやまわった。

ゆきは狐子ここのところにあゆり、微笑ほほえんだ。「狐子ここちゃん、いつも子供達こどもたちあまやかしすぎますね。はじめてったそのうちに、子供こどものことが大好だいすきだということに気付きづきました。でも、いまでもからないてんがあります。それほど子供こどもきなら、わたしのようにたくさんの子供達こどもたちむのだとおもいました。でも、息子むすこ二人ふたりしかいません。どうしてですか?」といた。

狐子ここは、「主人しゅじん年齢ねんれいかんがえてのことなの。婚礼こんれいまえにもう四十代よんじゅうだいだったので、かれ子供達こども成長せいちょう見届みとどけるのはむずかしいとおもって。それで、次男じなんまれたとき子供こどもはもう充分じゅうぶんだとたがいにおもったの。そのあと身籠みごもらないためのおまじないを使つかうようにしたの」とこたえた。

ゆきは、「なるほど。そのおまじないはとても便利べんりですね。わたし大家族だいかぞくしいけれど、すこしうらやましいもします。家老殿かろうどのえば、いまはいかがですか」と、すここまったように親友しんゆうかおをまっすぐにやった。

狐子ここのいつもかがやいているひとみくもったようにえた。うつむきながら、「主人しゅじんはまだよくなってないの。事件じけんときうごかなくなった右手足みぎてあしすこうごくようになったけど、まだ自分じぶんではあるけないの。わたしきつねちからをもってしても、おまじないで最愛さいあいひとなおすことも、たったの一日いちにち寿命じゅみょうばすことすらできない。人間にんげんいのちはあまりにみじかい」と、溜息ためいきをついた。

でも、まえ元気げんき性格せいかくではながかなしみにしずんだままでいることはできなかった。狐子ここはすぐに笑顔えがおもどし、「かなしいことは充分じゅうぶんです。ももすもも練習れんしゅうはどうでしたか?」といた。

ゆきは窓際まどぎわもどり、「あの二人ふたりはとても上手じょうずになっています。ええ、修行しゅぎょうはすでにわりました」とうと、廊下ろうかからはしって足音あしおとこえた。

すぐにまたふすまいて、さっきまで中庭なかにわにいた、かみげた二人ふたりんでた。間近まぢかると、二人ふたりいかつい道着どうぎていても、おとこではなく、十一じゅういち二歳にさいおんな双子ふたごだということにがつく。その二人ふたりはきっとももすももだろうが、どっちがももで、どっちがすももかということは、ははでもよく間違まちがえるほどであった。おとこっぽさは外見がいけんだけとはかぎらない。のこなしかたはなかた態度たいどにまでも、ひめらしくないてんがたくさんあった。その二人ふたりは、部屋へやはい狐子ここるやいなや、「狐子ここおば!」と一斉いっせいさけび、ってきついた。すると、もも…だとおもうが、じ、ふかいきみ、「なに美味おいしそうなにおいがする」と、すもも…だとおもわれるほうが、狐子ここ見上みあげ、「狐子ここおば、お菓子かしってきたの?」とった。

狐子ここは、「ってきたのはわたしではありませんよ」とこたえると、双子ふたごかお見合みあわせ、「すず!」とさけび、いもうとほうなおり、「お菓子かしをちょうだい!」とんだ。

すずがくすくすとわらいながら「いや!わたしの!」と、部屋へやそうとしたが、素早すばや双子ふたご一人ひとり出口でぐちさえぎった。だが、前後ぜんごからびた双子ふたごいもうとつかまえるまえに、すずちぢめ、部屋へやおくもどった。何度なんど双子ふたごすずつかんだ――とおもうと、すず間一髪かんいっぱつげた。でも、双子ふたごすず部屋へやからがさなかった。どうしてこの武芸ぶげい達者たっしゃ二人ふたりふとっているいもうとつかまえることができないのかとおもわれるかもしれないが、三人さんにんわらごえけば、彼女達かのじょたちたんあそんでいるだけだということにお気付きづきになるだろう。彼女達かのじょたちのおりのあそびというわけだ。

そのうち、すずいきらし、足取あしどりもおもくなった。ゆかころげて仰向あおむけになったすずは、はあはあといきづきながら、「やっぱり、…また…けた…。今度こんどこそは…げる…よ」といました。

双子ふたごすずうで一本いっぽんずつつかみ、がらせた。いもうとあるかせながら、「褒美ほうみわたせ!ものをおし!」とかえした。

まだいきおさまらないすずは、笑顔えがおのまま、のこりのふたつのおにぎりをふところからし、双子ふたごひとつずつわたした。

そのあそびをていた狐子ここは、「ゆきちゃんはあの二人ふたりかんしてはちょっとあまやかしすぎみたいね。ほか子供達こどもたちにはあのようにいもうとをいじめることをゆるさないんじゃない?どうして二人ふたりにはゆるしているのかしら?」とすここまったようにった。

ゆきはくすくすとわらい、あたまよこった。「あれはいじめているわけではありません。すずあそびながら運動うんどうさせているのですよ。すず降参こうさんするか部屋へやからすまではできるだけ運動うんどうさせる、という約束やくそくをしました。すず部屋へやしたら、ってはいけなくて、すずっているお菓子かしはもらえません。おなじように、すずいてしまった場合ばあいも、お菓子かしをもらえません。そして、双子達ふたごたちはどうしてたのしくなかったのかを反省はんせいしなければなりません。でも、最後さいごまでたのしくてすず部屋へやすことができなかった場合ばあいすずはご褒美ほうびとしてお菓子かしをあげないといけません」

狐子ここひとみまえよりもあかるくかがいた。「なるほど。どうしてわたしがそのようなあそかたおもかなかったのかしら、おどろきだわ」というと、ゆきは「じつは、『狐子ここなら、なにをするだろう?』とかんがえながら、これをおもきました」とこたえた。

二人ふたりたがいにわらっていると、戸口とぐちから「まあ、お二人ふたりとも、子供達こどもたちなにかいたずらをやっているときには、なぜかいつもあなたがたがいらっしゃいます。今日きょうなにをやったのでしょう」とこえともに、「かあちゃま!狐子ここおば!」とさけびがこえた。いち二歳にさいあかぼうげた老女ろうじょそばから二人ふたりおさなおんながゆきたちもとった。一人ひとりさん四歳よんさいで、もう一人ひとり六歳ろくさいだろう。

ゆきはった子供達こどもたちくと、そのうちのあねほうが、「かあちゃまがばあやの温泉おんせんはたらいていたとばあやがおしえてくれたの。本当ほんとうにそうだったの?」といた。

ゆきはしゃがみ、そのぐにて、「そうです、椿つばきさくら姉様ねえさまおなどしだったのです」とこたえた。

椿つばきとなりっているいもうとは「わたし温泉おんせんではたわけうぅの?」とすこ舌足したたらずにたずねた。

ゆきがくすくすとわらい、そのほうき、「白菊しらぎくひめ温泉おんせんはたらくのはへんです」とうと、椿つばきは「だって、かあちゃまがそうしたら、ちっともへんじゃないじゃないか?」とくちはさんだ。

ゆきは「そのときわたしひめであるということはまだりませんでした。それに、まだおさごろ両親りょうしんくなって、お祖母様ばあさまにこっそりとまずしいむらそだてられたので、お祖母様ばあさまがなくなると、どこかではたらかざるをませんでした」と説明せつめいし、がり、はあやからあかぼうった。そして、「らん今日きょうはいいでしたか?」とうと、らんは「ばば」と笑顔えがおった。

ゆきは部屋へや見回みまわし、むすめかぞえた。「いちさんよんろくしちはちだれかがいません。れんだれかがれんましたか?」とたずねると、さくらこえげた。「そうえば、今朝けさ紙束かみたばっているところ廊下ろうかました。以前いぜん一人ひとりでまだつくっていない建物たてものさがしにったときのように、下女げじょふくていました。しろもんそとてはいけないことをわすれないでといましたのに、れんたんに『はい、はい、かってる』とこたえました」

すると、すずくちはさんだ。「台所だいどころにいたときれんねえちゃまが勝手口かってぐちすところをました」

「どうしてあのがあれほどおおくのおもちゃのいえつくりたがるのかかりません。れん部屋へやはもう布団ふとん隙間すきまもないほどおもちゃのいえってますよ」とさくらつづけると、かみから視線しせんうごかさず百合ゆりは、「さくら姉様ねえさまはしばらくすれば結婚けっこんしてすようだから、れん姉様ねえさまふすまはずしてさくら姉様ねえさま部屋へや自分じぶん部屋へやばすとってたわ」とつまらなそうにった。

さくらげ、両手りょうて腰当こしあててひじり、ゆきをかえり、「なんてことを!お母様かあさま…」といかけたが、ゆきのかおると、だまんだ。

じたゆきのかおあおざめて、手首てくびいていた数珠じゅずにぎめ、いのるようになにかをつぶやいていた。

狐子ここはもう部屋へやのどこにもえなかった。