ゆきが狐や狐子と一緒に城へ向かうと、出た時の空にあった太陽もすっかり暮れて、代わりにもう空を高く上った望の月が淡く帰り道を照れていました。若殿がいらいらしながら、ゆきの帰りを今か今かと待ちわびていると、ようやくゆきたちが、城の門に向かって歩いてくるのが見えました。若殿はゆき達一同の元へ走りました。ゆき達が「まあ殿!いったい…」と最後の言葉を言う前に、若殿は「ゆき、なぜこんなに遅くまで帰ってこなかったのだ。市場はもうとっくに閉まっている時間だろう。それに、買い物をしていると思っていたのに、本一冊しか持ち帰っていないようだが、今までどこにいたのだ?ずっと待っていたのだぞ」と、息を切らせながら言いました。
ゆきが若殿のそんな姿に少し狼狽しながら、「あの…市場にいました。市場の仕立て屋さんが狐子のと同じような着物を作ってくれると言ったのです。それから、町の庄屋さんに会ったり、一緒に市場のあちらこちらに行ったり、いろいろな方を紹介してくださったりしました。その後、お宅にお邪魔し夕食をいただいて、親しくお話をいたしました。そして、奥様がこの本を貸してくださったのです」と説明するのを受けて、狐が、「その通りです」と加えました。
ゆきはさらに続けました。「どうしてそのように厳しい口調でおっしゃるのですか。私は子供ではありません。祖母が亡くなった後、一人であの大きな町に歩いて行ったではありませんか」
若殿が、「しかし…」と口籠ると、ゆきは、「結婚する前は、毎晩城から一人で帰ったではありませんか。忍者に襲われた後も、それをそのまま続けたではありませんか」と遮りました。
「しかし…」
「それに、今回私は一人ではありませんでした。こちらの狐どのは私を何度も助けてくださったではありませんか。この方と一緒にいるのに安全でないとすると、一体どこにいるのが、安全とお考えでしょうか」
「しかし…」
ゆきは、「それでは、お休みなさいませ」と言い放つと、そのまま自分の部屋に帰って行きました。
若殿は、「しかし、心配でなかったら、このように言いはしない」と、少し戸惑ったようで溜息をつきました。
狐が、「ご心配ではあられましょうが、もう少し穏やかな口調で話された方が宜しいかと存じます」と諭すように言うと、若殿は、「どうしたらいいのだ?」と聞き返しました。
「これからゆきどのを一人の大人として扱った方が宜しいかと存じます。私はこれで失礼させていだきますが、ついでに鼠を探してみることにいたします」と言うと、狐は、人間の姿から本来の姿に戻って、立ち去りました。
狐子は、「私が使わせていただけるお部屋を拝見してから、ゆきちゃんのお部屋を訪ねてもいいですか。私がお話をすれば、ゆきちゃんも落ち着くかも知れません」と言いました。
そして若殿は下女を呼び、狐子を部屋に案内し、次いでゆきの部屋に連れて行くよう申し付けました。