目次

  1. 第一章  ゆきの紹介
  2. 第二章  漁師との出会い
  3. 第三章  狐との出会い
  4. 第四章  商人との出会い
  5. 第五章  助けて!
  6. 第六章  都に到着
  7. 第七章  買物
  8. 第八章  若殿との出逢い
  9. 第九章  家老の調査
  10. 第十章  家老の調査報告
  11. 第十一章  忍者の襲撃
  12. 第十二章  ゆきはどこだ?
  13. 第十三章  一本の毛
  14. 第十四章  救出
  15. 第十五章  大名
  16. 第十六章  鬼
  17. 第十七章  家来の不満
  18. 第十八章  鬼の襲撃
  19. 第十九章  鬼の敗北
  20. 第二十章  殿様の評議
  21. 第二十一章  大名の返事
  22. 第二十二章  殿様の返事
  23. 第二十三章  若殿の出陣
  24. 第二十四章  大名の思い付き
  25. 第二十五章  忍者の思い付き
  26. 第二十六章  ゆきの出発
  27. 第二十七章  ゆきの演説
  28. 第二十八章  家老の再取立て
  29. 第二十九章  狐との会話
  30. 第三十章  狐子の紹介
  31. 第三十一章  市場へ
  32. 第三十二章  呉服屋の中
  33. 第三十三章  面白い本はどこだ?
  34. 第三十四章  市場の中
  35. 第三十五章  庄屋の家の中
  36. 第三十六章  城へ帰る
  37. 第三十七章  狐子との会話
  38. 第三十八章  評議
  39. 第三十九章  旅の準備
  40. 第四十章  最初の村
  41. 第四十一章  女将の到着
  42. 第四十二章  危難の噂
  43. 第四十三章  鬼との遭遇
  44. 第四十四章  破壊された村
  45. 第四十五章  広がる噂
  46. 第四十六章  城への帰還
  47. 第四十七章  女将との会話
  48. 第四十八章  家老の助言
  49. 第四十九章  面会の準備
  50. 第五十章  家来の妻
  51. 第五十一章  茶席の予定
  52. 第五十二章  三本の尻尾
  53. 第五十三章  狐子の話
  54. 第五十四章  話の続き
  55. 第五十五章  家老の話
  56. 第五十六章  寂しげな二人
  57. 第五十七章  茶室にて
  58. 第五十八章  琵琶法師の到着
  59. 第五十九章  冬の活動
  60. 第六十章  狐の到着
  61. 第六十一章  琵琶法師の話
  62. 第六十二章  旅の初め
  63. 第六十三章  狐の土地へ
  64. 第六十四章  子狐との出会い
  65. 第六十五章  姫との出会い
  66. 第六十六章  晩の会話
  67. 第六十七章  族長との会話
  68. 第六十八章  八狐との会話
  69. 第六十九章  姫の話
  70. 第七十章  狐との決戦
  71. 第七十一章  狐子の勝負
  72. 第七十二章  若殿との茶席
  73. 第七十三章  城へ戻る
  74. 第七十四章  狐一と下女
  75. 第七十五章  新しい着物
  76. 第七十六章  新しい仕事
  77. 第七十七章  広子と小猫
  78. 第七十八章  狐子からの試し
  79. 第七十九章  琵琶法師の告白
  80. 第八十章  呪いを解く
  81. 第八十一章  お守り
  82. 第八十二章  家老との面会
  83. 第八十三章  頭痛
  84. 第八十四章  殿様の到着
  85. 第八十五章  殿様との茶席
  86. 第八十六章  狐一と家来達
  87. 第八十七章  喧嘩
  88. 第八十八章  小姓をやめる
  89. 第八十九章  殿様との会話
  90. 第九十章  狐一と親衛長
  91. 第九十一章  殿様と狐
  92. 第九十二章  ゆきの陣痛
  93. 第九十三章  ゆきの子

第五十三章

狐子の話

二人がゆきの部屋に着くと、女将が洗濯ものを行李にしまっているところでした。ゆきは身重の身体で狐子に足早に手を引かれてきたので息を切らしていました。ゆきは乱れた息を整えてから、「女将さん、狐子ちゃんが帰ってきたんですよ。狐子ちゃん、こちらは私が以前働いていた温泉の女将さんなんです」とお互いを紹介しました。

狐子と女将が挨拶を交わすのを待って、ゆきは、「女将さん、狐子ちゃんが戻ってきたので、狐子ちゃんと一緒に夕食を楽しむつもりなんです。台所に食事の用意を頼んでから、そのように旦那様に伝えていただけますか?それから、今晩予定していたお客に明日にしてもらうよう伝えていただけませんか?」と頼みました。

女将が去ってから、二人は縁側に腰を降ろしました。「どうやって家老と知り合いになったのかを教えてくれない?」

「うん。何から話したらいいかしら。ああ、そうね。昔々、ある雌狐が侍と恋に落ちました。やがて、二人は結婚しましたが、二人の生活は長く続きませんでした。殿様の命令で、侍はすぐに戦に行ってしまったのです。二、三ヶ月が過ぎた頃、戦は終わり、侍達は城へ戻ってきましたが、雌狐はその中に夫の姿を見つけることはできませんでした。雌狐が夫のことを尋ねてみると、討ち死にしたと伝えられました」

「雌狐は悲しみに打ちひしがれて、夫のいない村で一人で暮らすよりも、できるだけ早く自分の家族のところに戻りたいと思いました。でも、すぐに戻る訳にはいきませんでした。雌狐のお腹の中には新しい命が宿っていたのです。狐の中で人間の子を育てるのは難しいことが分かっていたので、戻って産むことができなかったのです。それで、雌狐は侍の家族のところに移り住みました」

ゆきは話を遮りました。「どうして戻ることができなかったの?狐と人間の間の子供ってどういう風なの?」

狐子は答えました。「見た目は人間の姿になることが多いの。人間の中で育てば、たいてい神童だということになるわね。でも狐の中だと成長して大人になっても子狐にさえ勝てない、弱い狐になってしまうのよ」

ゆきが「へぇ。そういうものなの」と答えると同時に、廊下から「よいか」という若殿の声がしました。

二人が「どうぞお入りください」と言うと、若殿は襖を開け、部屋の中に入って来て、「狐子、おかえり」と言いました。

ゆきが、「狐子ちゃんはうちの家老と昔からの知り合いだったそうなのよ。今、出会った頃の話をしてもらっているんです」と説明すると、「私も聞いていいかな」と、返事を待たずにゆきの隣に腰を降ろしました。

狐子は続けました。「とにかく、子供を授かった雌狐は、亡くなった夫の家族の家に移り住んだのです。来る日も来る日も、雌狐は悲しみに打ちひしがれたままでしたが、お腹は順調にどんどん大きくなり続けました。そしてついに、雌狐は赤ちゃんを産みました。しかし、雌狐は、夫のことを諦めた時から、産まれた子を決して見るまいと、強く心に決めていたのでした。いくら義母が頼んでも、きっぱりと断りました。一目でも見てしまうと、離れ辛くなると思ったのです」

「その夜、雌狐は家を出て近くの川に飛び込み、自分の家族のところに帰りました。しかし、自分では何もできないものの、気が気ではなかったので、弟に産まれた子供を見守ってくれるようにと頼んだのです。そして、二度と人間の土地に戻ることなく、実は今でも自分の住処に独りで暮らしています。遠く離れていても、雌狐は一時も忘れることなく子供のことを思い続けているのです」

「雌狐がいなくなった翌朝、侍の両親は嫁の不在に気付き、村中を捜し回りました。でも、どこにも見つからなかったので、とうとう最後は川で溺れ死んだのだろうと諦めたのです」

「そんな騒ぎの中、侍の母親は数日前に近所の農家に赤ん坊を亡くした女がいたことを思い出し、乳母として迎え入れました」

ゆきが声を上げて、「その子が家老なの?」と訊くと、「違うのよ。その子は女の子だったの」と狐子は答えました。

「雌狐の娘はすくすくと育ち、年が経つにつれ、綺麗で賢くなっていきました。また、娘は茶道にも長けていました。縁あって、娘は住んでいる国の若殿の目を引き、すぐに二人は結婚しました。雌狐の弟は姪をずっと見守り続けていました。普段は遠くから見守っていましたが、時々人間の姿に化け、姪のところを訪ねることもありました」

「間もなく、雌狐の娘に息子が産まれました。同じ頃、雌狐の弟にも娘が産まれたのです」

そこまで話すと、狐子は襖の方にふっと目を向けて「ああ、夕食の準備が整ったようね。また後で続けるわ、先にいただきましょう!」と言い、ゆきと若殿は後ろを振り返りました。二人が狐子の話に聞き入っている間に、女将が女中に命じて三人分のお膳を用意させていたのです。いつの間にか暗くなっていたので、女将は蝋燭に火をつけました。