狐一達が家老の執務室に戻ると、広子は黙って俯いたまま狐一を避けるかのように見えました。家老はすぐにそれに気づき、狐一に目を向けました。「お前、広子に何をしたんだ?」
狐一は腹が立ったように睨み返しました。「俺のせっ」と言いかけましたが、ふいに目を伏せました。「あ、いや、そんな、私は何もしていません」
広子は目を伏せたまま口を開きました。「どうか、狐一君を許してください。いい子ですよ。本当に何も悪いことなどしていません。全ては私のせいです」
家老は席から立ち上がり、広子に近づきました。「どういう意味ですか。説明しなさい」
広子は頬の涙を拭きました。「なぜか呪いが私にかかっていたようです。呪いが解かれるや否や、狐一君も狐子様も琵琶法師さんも怖い獣にしか見えなくて、私は悲鳴を上げることしか出来せませんでした。狐子様がこのお守りをくださってからは、だんだん落ち着いてきましたが、少しずつ怖さは減っているのに、まだ完全には消えません」と言って、赤毛の人形を家老に見せました。
「ふむ。あいつを城のあちこちへ案内したのだから、今日はもう下がって休んでもよい」
「でも、まだ働けますわ」
「心配は要らない。下がりなさい。明日、元気で戻れ」と家老が言うと、広子は頭を深く下げてから部屋を出ました。狐一が広子について行こうとすると、家老は「お前、どこへ行こうとしている?」と言って、彼の足を止めました。「広子に呪いをかけたのはお前なのか?」
狐一は慌てて両手を振りました。「違います!こちらだは何の呪術も使ったことがありません!姿を変えることを除いては」
「お前でなければ、誰なんだ?」
「あの法師の奴でしょう。広子さんがたまたま狐の姿のままの私を見かけて悲鳴を上げた時、あいつは何かをしたようです」
「なぜ狐の姿でいたんだ?」
「着物なんかを着ると、あちこちが痒くなり掻くことも難しくなるのでいらいらします。狐の姿の方が気持ちいいです」
「そんな姿でいるから問題が起きるのだ。痒みを減らしたかったら、湯を浴びればいいんではないか。琵琶法師を探して一緒に戻れ。狐子さんに出会ったら、こちらに来るようにと伝えてくれ」狐一が去ろうとすると、家老はまた声をかけました。「ところで、琵琶法師は城においても人間界の経験においてもお前の先輩だ。『奴』などと呼ぶな」
「あっ、はい、分かりました」と言うと、狐一は執務室を出て、廊下を歩き始めました。そして、「け、どうして悪いことが起こると、いつもみんな俺のせいだと思うんだ?」と呟きました。