ちょうどあの翌朝、狐は狐子の部屋に現れました。「狐子や、なぜこんなに急にここに来るように呼んだのだ?まさか、ゆきにお前が手に負えないほど酷い事件が起こったのか」と訊きました。
狐子は首を横に振り、「そんなことはないわ。ただ、お父様に会いたいとおっしゃっているお方がいるの。こちらへどうぞ」と言うと、殿様がゆき達と一緒に咲き始めた桜の花見を楽しんでいる庭へ狐を連れて行きました。
その様子に気づくと、狐は人間の姿に化け、「ご無沙汰しております」と殿様に呼びかけました。
殿様は、「そうだな」と言い、ゆきと若殿を示し、「この二人の婚礼の時、お前の顔には見覚えがあった気がしたが、いつどこで会ったのか思い出せなかった。しかし、お嬢ちゃんの話を聞いてピンときた。子供の頃、親友に会いにここに来たら、お前も赤毛の女子と共に来たことがあったな」と、狐の背中を軽く叩きました。「綺麗なお嬢ちゃんがいるな。ここに籠城した時からずっと。ほとんど一人で過ごしているようだな。なぜ夫を選んでやらないのだ?」と訊ねました。
狐はしばらく俯き、「そう言われてみると、狐子に夫を選ばせたくはありません。ただ、こんなに若い頃から、姉のように夫の死を悼むような思いはさせたくないのです。分かるでしょう?」と答えました。
殿様は「いいか、お嬢ちゃん自身もそのことはよく分かっているだろう。それに、こいつは兵ではないので、戦で死ぬはずがない」と、家老を示しました。
その時でした。悲鳴が聞こえました。