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ゆきは都を目指して旅を続けました。歩き通しだったので、日が沈む頃になるとお腹が減り始めました。ふと足を止めると、ゆきは美味しそうな匂いが辺りに漂っていることに気がつきました。
「どこからあんな美味しそうな匂いがしてくるのかしら」とゆきは思いました。周りを見回すと、道端に天幕が張ってあるのを見つけました。天幕に近付くと、その匂いはいっそう強くなりました。
天幕に着いた時、ゆきは天幕の後ろにいる呉服商を見つけました。その商人は夕食の仕度をしているところでした。
「ごめんください」とゆきは商人に話しかけました。
「どちらさまですか」と商人は尋ねました。
「はい、ゆきと申します。美味しそうな匂いに誘われてまいりました」とゆきは答えました。
「そうですか。かわいそうにお腹を空かしているんですね。そうだ。お茶を入れてくれませんか。一緒に食べましょう」と商人は言いました。
「ありがとうございます」とゆきは答えました。
それから、ゆきは湯を沸かして、お点前を披露しました。
商人は、「確かに良いお茶を使ってはいるのですが、それでも元の味を忘れてしまうほどの結構なお点前でした。そんな見事な茶道を、都以外で目にすることが出来るとは思いもしませんでした」と、驚きました。「どちらでこれを習いましたか」
「祖母が教えてくれました」とゆきは答えました。
「あなたのように美しく、そして見事な茶道で美味しいお茶を入れることの出来る娘さんには、絹の着物がよく似合うと思います。ちょうどここに、綺麗な絹製の着物がございます」と商人は言いました。
「そうですか。そういったものを今まで着たことがありませんでした。ぜひ、着てみたいのですが、お金がありません」と、うつむきながら答えた時、旅の途中で漁師から貝をもらったことを思い出しました。ゆきは懐の中の真珠を取り出しながら、「これと交換していただけませんか」と言いました。
「これほど大きな真珠を今まで見たことがありません」と商人は言いました。「その真珠一粒と引き換えに、私の一番綺麗な絹製の着物をさしあげます」
「これほど綺麗な着物を旅路で着ることはできません。きっと汚してしまうでしょうから、もしよろしければ、包んでくださいませんか」とゆきはお願いしました。
「はい、もちろんですとも。ありがとうございます」と商人は言って、ゆきから真珠をもらい、一番綺麗な着物を包んでゆきに渡しました。
「どうしてあなたのような美しいお嬢さんが、このような道を一人で旅しているのですか」と商人は聞きました。
「幸せを探すために都に行くところなのです」とゆきは答えました。
「そうですか。でも、この道を一人で旅するのは危険ですよ。今夜私のそばで寝た方がいいでしょう。そうすれば、ここで私が護衛をすることができますから。私は、明日、発ちますが、その都の方へは行きません」と商人が言いました。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて、今夜ここで寝させていただきます」とゆきは答えて、持っていた布を地面に広げ始めました。
「地面で寝るのはかわいそうだ。私の天幕で寝てもかまいませんよ。そこの垂れ幕で仕切りますから、ご安心なさい」と商人が言いました。
「はい。では、そうさせていただきます」とゆきは答えました。布を開いたとき、一冊の本が落ちました。
「それは何ですか」と商人は聞きました。
「家系図です。私は家族の最後の子孫なので、他に誰も受け継ぐ人がいません」とゆきは答えました。