次の朝、評議の前に、ゆきは家老のところに行き、「この二通の手紙を、あの大きな町に送りたいのですが、自分の印章がないので、まだ封じていません。このまま封をして、町へ届けた後で、私に相応しい印鑑を作ってくださいませんか」と訊ねました。
家老は、「かしこまりました。では、ゆき様のお父上と同じような印鑑ではいかがでしょうか」と答えました。
ゆきは、父親と同じような印鑑が手に入ると思うと、嬉しくなり、家老にお礼を言い、その場を立ち去りました。
少しして、ゆきは若殿と家老の評議に参加し、町の人達が例の道のことで困っているということを報告しました。「あの道は、いつ頃からあのような状態なのでしょうか?直ちに改善させなくてはなりません」とゆきが言うと、家老は、当時のことを思い出すように、「良い道というほどではありませんでしたが、今よりはずっとましでございました。当時、それぞれの村は、税の一部を免除される代わりに、道を整備する義務を負っていました。ひょっとすると、後の大名がその取り決めを変えてしまったのかも知れません」と答えました。
若殿は家老に、「現在はどういうことになっているのかを調査してくれ。すぐにだ!」と言うと家老はははっと言い、部屋を飛び出しました。そして若殿は、一度咳払いをし、ゆきの方に振り向きました。「ゆき、このことを伝えてくれてありがとう。昨夜は、つい厳しい物言いになってしまい、悪いことをしてしまったと反省している。狐どのが言ったように、これからはあなたを一人の大人として扱った方がいいようだ」と、優しい笑みを浮かべながら、ゆきに言いました。その笑顔は、今までゆきが見た若殿の笑顔の中で、一番優しい笑顔でした。
そんな笑顔を見て、ゆきは顔をぽっと赤らめながら、「いいえ、遅くなると分かった時点で誰かに言付けを頼むべきでした」と、少しうろたえたように、俯き加減で言いました。「…しかし国のこととなると話は別です。まだこの国をよく知りません。お腹が大きくなる前に、それぞれの村を訪ねて、さまざまな問題や農民の不満などを直に聞いておきたいと思っています」と、若殿の目を見つめながら、きっぱりとした調子で言いました。
若殿は、「ここに留まっ…」と言いかけると、ふと口籠って、狐の言葉を思い出しました。「分かりました。しかし今回ばかりは、私も一緒に行こうと思います。家老は私の代理として城に残りなさい」と、たった今戻ってきた家老に強い口調で言いました。すると、家老は、「あのような狭くて凸凹した道を駕籠での往来は無理でございましょう。ゆき様は乗馬をなさいますか」と、ゆきに訊ねました。
ゆきが馬に乗ったことは一度もないと答えると、若殿は家老に、「厩の者に気性の優しい牝馬を選ばせて、出発までゆきに毎日乗り方を教えてやってほしい。それと、それぞれの村に使者を送っておきなさい」と命じました。
それから他のことについても話しました。