家来の妻がゆきの部屋を出てから、女将が入ってきました。「ゆき様、お茶席はいかがでしたか」
ゆきは溜息をつきました。「はじめは渋っていましたが、ようやく承知してくれました。家族と一緒にあの村に行って、お兄さんの忘れ形見の子どもたちを育てることに同意してくれました」そしてまた溜息をつきました。「こういう話をするのは苦手です」
女将は茶道具を片付け始めました。「国を治めるとなれば、そのようなことは避けては通れないでしょう。それがまさに政というものなのですね」
ゆきは、「そうですね」と、苦笑いをしました。「その者が城を出れば、例の悪い噂も無くなると思いますか」
女将は首を軽く横に振りました。「そうはならないでしょうね。噂話の好きな者が多いですから。でも、城中の者がゆき様のことをよく分かってくれれば、悪口を広めるようなことはしなくなるでしょうね」
ゆきは、「どのようにすれば、彼女たちに私のことを分かってもらえると思いますか」と尋ねました。
女将は、「一人一人をお呼びになり、お茶を点ててもてなすのが一番かと思われます。でも、誰からお呼びになるべきかは難しい問題ですね」と、ゆきの着替えを手伝いながら言いました。
ゆきはくすくすと笑い出しました。「難しくなどないと思いますよ。今晩もう、その最初のお客様をもてなしたのですから」
女将も笑いました。「そうですね。さて、問題は、次のお客を誰にするかということになりますね。はじめのお客はお茶席の後でお城から追放されたようにも見えかねません。そうなると、城内の者はお茶席を怖がり始めるかも知れません」
「そうですね」と答えながら、ゆきがふと棚に目をやると、その上にある二冊の本が目に留まりました。そしてその二つの本が、どちらも同じ内容だということに気付きました。「私がここを離れている間に、庄屋さんの奥さんから借りた本の写本が出来上がっていたようですね。それでは、彼女が次のお客というのはどうですか」
女将は、「良い考えだと存じます」と答え、二人は庄屋の妻に招待状を書いて送りました。
そういうわけで、数日後、庄屋の妻が城にやって来ました。茶会の席で、ゆきは借りていた本を返し、他の本を借りる約束をしました。
間もなく、庄屋の妻が楽しんだという話が城内に広まっていきました。それから、城内の女性のもとに一人また一人と招待状が届き始めました。初めは皆びくびくしながらゆきの部屋に行きましたが、呼ばれた者たちが楽しんだという噂がだんだん広まると、皆は招待状を心待ちにするようになっていきました。それぞれの茶席の前に、女将はその客に関する情報をゆきに教えておきました。そして、ゆきはその客の好きなことや嫌いなこと、家族のことなどをその席で話し合いました。こうして、ゆきについての悪い噂はだんだん消えていきました。