次の朝、ゆきと若殿は家来と共に最初の村へ向かいました。しばらくすると、道が狭くなり、二頭の馬は肩を並べて歩くことができなくなりました。さらに道がでこぼこになるにつれて、かろうじて一頭通るのがやっとの悪路になってしまいました。若殿は、「酷いな。道がずっとこのような状態が続くならば、兵をどこかへ急に派遣させたい時に、まったく使い物にならないではないか。このまま放っておくわけにはいかない」と言いました。
なんとかゆきたち一行は村に到着することができました。しかし、村には人気がありませんでした。家来達がしばらく捜し回ると、そのうちの一人が、ぽつんと立っている一人の老人を見つけました。
その家来が、「おい、じじい、他の者はどうした?」と聞くと、老人は辛そうに言いました。「お侍さまが村にくれば、理由もなくわしら百姓を殺したり、わしらの妻や娘の純潔を汚したり、来年植えるための米まで取り上げたりするので、わしらは苦しみます。それでもお殿さまがじきじきに来られるよりはましであろうと思っておりました。今日、お殿さまがここにいらっしゃるおつもりということを伺いまして、村の者は皆逃げ出し、身を隠しております。わしはどうせ老い先短い身ですので、ここに一人残っておりました」
その家来が、「無礼者!侍の悪口を言えばどうなるか教えてやるぞ!」と、刀を抜こうとしましたが、「お止めなさい!」という鋭い制止の声が響きました。思わず振り向くと、そこにはゆきがいました。「私共は村の人々を傷つけるつもりはありません。その人を放しなさい」とゆきは命じました。ゆきの言葉に若殿が顎で合図するのを見ると、家来は老人を放しました。
ゆきは馬から降りて、老人のところに近づきました。「おじいさん、父上の時代にも農民がそんな扱いを受けることがありましたか」と聞きました。
すると、老人は突然顔を上げ、動揺したように、「まさか、今お父上とおっしゃいましたか。もしや、あのお方をお父上とおっしゃるのなら、あなたはゆき様ではございませんか」と、おそるおそるゆきに訊ねました。ゆきはこくりと頷きました。すると、老人は、「やっぱりそうですか…。ゆき様、どうかお聞きください。百姓の生活はいつもつらいものではございますが、これほどつらい時代は今までありませんでした。貴方のお父上の時代は、お侍が理由もなく百姓を殺すようなことはありませんでした。万が一そのようなことがあれば、お父上は直ちにそのお侍を罰されたものです。しかし、後代のお殿さまは、どのような事情があろうと、いつも悪いのは百姓ということになり、決してお侍を罰することなどありません。それどころか、百姓は取るに足らぬ奴らだと言われて、逆に罰を受けております」
ゆきは少し憤慨したように、「それは本当に酷い話です。侍も、農民も、公正な裁きを受けるべきでしょう」と言いました。老人はずっと黙っていました。言うべき言葉が見当たらないのでしょう。少しの沈黙の後、ゆきは「他の住民達に、私が皆と会いたいと言っていると伝えてください」と言いました。
その老人は、「分かりました」と言い、急いで村人を集めました。ほどなく、村人が一人、また一人と集まってきました。ほとんど全ての村人が集まってから、若殿とゆきは農民一人一人の話を聞きました。そして、村がその辺りの道を整備するお返しに、税を軽くすると約束しました。