第二十章
殿様の評議
間もなく若殿たちは城に帰ってきました。若殿は城の中に入るとすぐ、「ゆき!ゆきはどこだ!無事であったか?」と大きな声でゆきの名前を呼びました。
若殿の声は、玄関から遠く離れた場所にいたゆきにも充分に届くほど、大きなものでした。ゆきが、逸る気持ちを抑えつつ、駆け足で玄関に向かうと、そこには、なんと若殿が血まみれで立っていました。
驚いたゆきは、「若殿さまこそご無事でございましたか。血まみれではございませんか」と訊ねると、若殿は、「心配は要らぬ。これは鬼の返り血を浴びただけだ」と答えました。血まみれではありましたが、その笑顔は、いつもの若殿の優しい笑顔でした。
ゆきが、血で汚れた若殿の顔を拭こうとしたその時、家老が若殿のところに駆け寄って来ました。家老は若殿の顔を見たとたん、安堵の笑みを浮かべながら、「若殿様ご無事で何よりでございます。ご帰還なされたばかりでお疲れのところとは存じますが、我が殿がお呼びでございます。只今、近隣諸国の城主様達と一緒に評議をなさっています。若殿様とゆき様も参加されるようおっしゃっておられます」と、早口で言いました
若殿は「うむ。分った。ゆき、来い」と言い、評議の場へゆきと一緒に向かいました。
そこではちょうど髭の大名が「此度の襲撃は言語道断です!あの大名を攻めるべきです」といきり立っているところでした。
すると、丸禿げの大名が「まあまあ。どうして陰で糸を引いているのがあの大名だと言えるのですか」と尋ねました。
髭の大名は「鬼とつながりのある大名なんて、他に考えられますか」と、興奮しながら言い返しました。
城主は「まあまあ、お二人とも少し落ち着いて…今、鬼がどのようにしてこの国までやって来たのか、家来に調べさせています。他の国から来たのかもしれませんよ」と、二人をなだめるように言いました。そして、若殿の方へ向き、「息子よ、鬼はどこへ行ったのだ」と聞きました。
「地獄へと送ってやりました。この太刀で首を切り落としてやりましたから」といつもは優しい微笑が印象的な若殿が満面ににやりと誇らしげな笑みを浮かべて言いました。
その様子を見ると、胸を張っていてもしばらく言葉に詰まっている若殿の父上を横目に、今まで黙って聞いていた、太った大名が「もしその大名が今回の襲撃の黒幕だと証明され、われらが攻め勝ったとしましょう。そうなると問題はその後のことです。いったい誰が替わって…そ、その、その国を治めることになるのですか」と聞きました。
城主は「ゆき、こちらに参れ」と、少し強い口調で、ゆきを呼び出しました。ゆきが殿様の傍に寄ると、「あの国の正統な継承者はこの者です。この者を措いて他にはおりますまい。親友であった先の大名の唯一の忘れ形見なのです」と言いました。
ゆきは、城主の考えをそこで初めて知りました。「私がでございますか?でも、国を治めるなんて、とんでもないことでございます」と、驚き目を丸くして、どこかに隠れたい様子で言いました。
城主は「心配は要らぬ。息子は生まれた時から、わしの下で国を治めることを学んできておる。そなたに助言することができよう」と言いました。
太った大名は「大名の討伐と領地の件はまったく別問題です。討伐の結果によりこの国に豊かな領地が加わることは我々としては承知しかねますな」と言いました。
それに答えるように若殿は「私には弟がおります。もし、ゆきがその国を治めることになれば、私はこの国の跡目を継がぬつもりでございます」と言いました。
丸禿げの大名は「たしかに、先代の大名が亡くなるまであの国はとても豊かな国でしたが、今の代になってからは悪政によって、急に貧しくなっているという噂です」といいました。
髭の大名は不思議そうに「そもそもどうしてこのお嬢さんが先の大殿の娘御だとご存知なのですか」と聞きました。
そこで、家老が改めて、ゆきの素性についての調査の結果を報告しました。
その後隣国の大名たちは膝を突き合わせて、その大名打倒のための様々な計画を立てました。