第四十一章
女将の到着
ゆき達はその村に二日間滞在した後、次の村へ向けて出発しました。ゆきと若殿はいい領主だといううわさが広まるにつれ、村人たちも次第に、ゆきたちを歓迎してくれるようになりました。
その一方で、城内では妬みから、ゆきのよくない噂を流す者が出てきました。「あの女が城にいた頃は、あの女の悪口を言っている者は必ず何かしらの災難に遭っていたようだ。あの女が城を離れてから、そんな災難はぴたりと起こらなくなったらしい。あの女が災難を起こしたに違いない」「あの女は若いのに、どうしてあんなにお茶のお点前が達者なのだろう?噂では、彼女は狐と通じているらしい。彼女も狐で、狐の妖術いを使うのかも知れない。あるいは、物の怪の類いかも知れない。前代の大名が倒れた時、有名な茶道家でいらっしゃったご母堂様が城内で焼き死んだという話もあるよ」などと、とんでもないことを言い出す者まで現れました。
その頃、ゆきが手紙で来訪を依頼していた、婚礼の前に雇った女将が、城に到着しました。女将は門番にゆきから貰った手紙を見せ、部屋に通されると、家老がそこで待っていました。女将がゆきからの願いで、ここに来た旨を伝えると、家老は今ゆきはここにいないと言いました。女将は驚き、「ゆき様がお留守だということでしたら、私は何をしたらよいのでしょうか」と家老に訊きました。
家老は、「あなたのことは伺っております。ゆき様が村を訪問されている間に、あなたは、この城内のことをよく知っておいた方がいいでしょう。お部屋は、ゆき様の隣室をお使いください」と答えました。
それから女将はゆきの隣室に通され、自分の荷物の整理などをしてから、城内をあちこち見て回りました。数日間後、何人かの女中が井戸の周りに集まって噂話をするのを見かけるようになりました。初め、女将はいったい誰のことを話しているのかと不思議に思っていましたが、まだ彼女は城のことをよく知らなかったので、何も言いませんでした。しかし、徐々にその人たちが話しているのは、ゆきのことだと分かってきました。女将はそれを早速家老に報告しました。
家老は、「その件に関しては承知しました。しかし、人の口に戸は立てられません。噂をとめることはできないでしょう。だからといってそのまま放置しておくわけにもいきません。ゆき様の噂にはいつも注意を払っていてくれませんか。ゆき様がお帰りになられたら、お伝えした方がいいでしょう」と言いました。
それから女将は、悪いうわさを聞くたびに、その詳細を日記に書きとめていきました。