第八十七章
喧嘩
家老達が殿様の部屋の近くまで来ると、ドカン、ドシンというただならぬ音が聞こえてきました。角を曲がると、十数人の男達が真ん中で暴れている誰かを捉えようとしながら倒れたり壁に突き飛ばされたり悪戦苦闘しているところでした。「やめろ!」と家老が叫ぶと、そこにいた者達はいっせいに大名達の方を振り向き、凍り付いてしまいました。
家老はその惨状を見渡しながら言いました。「城内で喧嘩をするとはどういうことなのか?説明せよ!」
傷だらけの家来達の一人は狐一を指差しました。「こいつが仲間を倒したんです」
かすり傷一つなさそうな狐一は深く頭を下げると大名に向かって言いました。「申し訳ございません。自分に対する悪口は聞き捨てることができたのですが、ゆき様は百姓だとか我が殿はこちらへ追放されたとかいうような酷いことを聞き、その上広子さんが乱暴に扱われているのを見ると黙っていられなくなってしまいました」
ゆきと若殿と殿様は呆然と見返して、そして、ドッと笑い出しました。「私は大名の娘ではありますが、農村育ちなので、百姓と呼ばれても気にしませんよ」とゆきは言いました。
殿様も声をかけました。「息子を追放したのなら、どうしてわしがここを訪ねよう。息子や、ところで、あの小姓を貸してくれないか?我が国の武道の指南役を変えなくてはならんらしい」
若殿は首を振りました。「残念ながら、あの者は同盟族からの預かり者で、教育は我らに任されています。だから勝手にお貸しするわけにはまいりません。さあ、茶席に戻りましょう。そこでこのことについてもっと詳しく話しましょう。家老、あの連中をそなたに任せる」と言うと、若殿達はゆきの部屋へと向かって去りました。
家老は頷きました。「狐一、執務室に行って沙汰を待ちなさい。広子、あの乱闘の始末をせい。お前らの処罰については、殿様がお決めになるだろう。私について兵舎へ参れ」
家老は狐一が側を通り過ぎる時、ボソッと呟いたのを聞き逃しませんでした。「俺一人だけで百頭の人間と戦っても、当然俺様の勝利だと言っただろう?」