第五十七章
茶室にて
家老がゆきの部屋の襖を開けると、狐子が座っていました。「すみません。部屋を間違えたようです」と、家老が言い、そのまま去ろうとすると、ゆきは家老の袂を掴み、「間違いではありません」と言って、恥ずかしさで顔を真っ赤にしている狐子の隣に座らせました。
ゆきはお茶を点て終えると、「あっ!忘れていたことがあります。ちょっと待っていてください」と言って、廊下に出ました。そして、そのまま襖越しにこっそりと聞き耳を立てました。
部屋に残された二人は、居心地が悪そうにしていました。時々、互いに相手の方をちらちらと見ましたが、目が合うと、すぐさま慌てて目を逸らしました。
しばらくして、二人は同時に「ごめんなさい」と言いました。
家老と狐子はやっと目線が合いました。「謝らないでください!全ては私のせいです。あなたのことを思い続けてきたというのに」と強く言いました。
狐子は家老を見つめながら手を取りました。「そんなことおっしゃらないでください!あなたのせいではありません。もっと早く、本当のことを正直に申し上げていたなら…」と答えました。
二人はただ黙って手を取り合って互いの目を見つめていました。ほんの僅かな間のことでしたが、二人にとっては、数時間のようにも感じられたのでした。ふいに、襖が開きました。ゆきがお菓子を持って戻ってきました。「お待たせしてしまいましたね」と、頬を赤く染めた二人に言いました。
それから二人はお互いを捜し求めていた時のことについて話しました。いつ、どこで、どのように手がかりを見つけ、探し出そうとしたのかなど、語り合いました。
「ある村で、赤毛の娘が訪ねて来なかったか、と言う老婆に出会ったことがありました。その老婆は、『その娘は誰かを捜しに来たようだったけれど、数日前に出会ったきりで、どこへ行ったのかは分からない』、と言いました。その老婆のことを覚えていますか?」
「ええ、覚えています。そのおばあさんの息子が城に籠城していて、彼が自分の故郷に逃げ帰ったという噂を聞いたので、その息子というのはあなたかもしれないと思い訪ねて行ったのですが、人違いでした。彼は落城以来、あなたを見てはいないと言いました」
そのような会話が夜遅くまで続きました。だいぶ夜が更けてから、ようやく、二人は笑顔でそれぞれの自室へ下がりました。